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本日、読了。
先月読んだ『〈日本人〉の境界』とともに、
ここ2〜3年の読書体験では、
もっとも深い衝撃を受けた1冊です。
丸山真男、竹内好、石母田正、
吉本隆明、江藤淳、鶴見俊輔、といった戦後の知識人。
天皇退位論、共産党の愛国、「近代主義」批判、
六全協、60年安保、全学連、全共闘、ベ平連、
といった戦後の思想運動。
どちらも細部をするどく読み取る視点で書かれていて
じつによく分る。
私は、ずっと「初期『未来』と岡井隆」という
連載をしていましたので、
この本の内容でいろいろ
「ああ、あの歌にはそういう背景があったのか」
ということが分かってきました。
大正1桁生まれの丸山にとって、
戦争中の自分の惨めさの自覚やそれに対する内省が、
いかに、深い傷跡を残したか。
共産党の非転向者への信仰。
「日本」への絶望。
「民衆」への軽蔑。
傍観という選択。
これらは、そのままそっくり
同じ「大正1桁世代」の近藤芳美の
精神風景と合致する。
また、
日本共産党を初めとする
左翼陣営の
「愛国」「民族主義」「近代主義批判」は、
そのまま、
吉田漱や河村盛明ら、
近藤芳美を鋭く批判した
大正10年代生まれの「戦中世代」の
初期未来同人の心情に合致する。
スターリン批判(昭和25年)から
六全協までの共産党の武装闘争路線が、
当時、大学生だった岡井ら「戦後世代」に
いかに深い影響を与えたか。
六全協(昭和30年)の決定が、
どんなに深い傷跡を残したか。
そういうことも実によくわかる。
また、徴兵体験をもたない
吉本隆明ら「戦後世代」の若者が抱いた
先行する「戦中世代」へ引け目とその裏返しの憎悪。
また、その反動としての
江藤淳の「国」へのあこがれは、
そのまま同世代の岡井の思想遍歴と重なる。
「愛国」「民族主義」は左翼の合言葉だった。
「市民」という言葉は左翼が忌避した言葉だった。
「護憲」は右翼の旗頭、「改憲」は左翼の合言葉だった。
こういうことも、私は、全く知りませんでした。
そもそも以前の私には、
なぜ、
共産党シンパだった岡井が自分を
「ナショナリスト」と呼んだか。
一応「左翼」である私の組合(日教組)の歌に
「今よみがえる民族の熱い血潮に滾るもの」
「ああ民族の独立と自由の空にかかる虹」
なんて「右っぽい」歌詞があるのか。
そんなことも、分らなかったが、
この本をよんで実によくわかったのでした。
この本の帯文は
「私たちは『戦後』を知らない」。
まさしく、そうだなあ……。
私たちは、本当に何もしらないまま、
気分的に「改憲」とか「戦後政治の総決算」などと
言っているのだなあ、と思わされた。
今後、戦後思想や、戦後短歌について書くときには、
必読の書となりました。
小熊英二、畏るべし。
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